2009/11/25

古代の宗教

古代の宗教に神はいないか、
或いはその宗教とは異なる性質のものだったのでしょう。
そこにはむしろ霊魂と、
そして霊魂とひと続きの、生きる人間たちの生活があったのです。
そして、父祖の霊魂から始まった家族の概念は、
とても窮屈で暖かく、古代において人間が生きるために必要な理念であり、
必然性があり、且つ疑う余地のない事実となっていたのです。

異なる霊魂から連綿と続くそれぞれの異なる家族は、
必然的に異なる宗教を構成し、
古代都市はむしろその異なる系譜を結束するために、
ひとつの神を発明し、複数の異なる宗教を容認していました。

その神は、それぞれの家族が崇拝すべき異なる霊魂を守り、
多様性を維持することをむしろ喜んでいたようです。

神は都市の象徴であり、政治であり、律法であり、
多様な家族宗教の擁護者であり、
死した祖先の霊魂が主役だったとすれば、
生きている人々はその支えであり、
神はその連綿と続く時間の流れの背景に描かれる、
美しい背景画であったのかもしれません。

『古代都市』(フェステル・ド・クーランジュ著)は
人生に数度は読むべき本だと思います。

ふと思い出すのは Teenage Wildlife / David Bowie
"Same old thing in brand new drag."

2009/11/21

「そういえば…」から始まる閑話休題に関する技巧的アプローチ

「そういえば…」から始まる話の意図の分析と対応についてです。

・意図:感想を聞きたい
  → 感想を言います。
    ただし、論証的用法・詭弁に注意しましょう。
    そして、殆どの場合は論証・詭弁の
    最初の一歩として用いられるため、
    多少の推測能力が必要となります。
    さもないと…相手のペースに巻き込まれます。
    好意を持った相手の場合には、
    相手のペースに巻き込まれること自体が好意の証となりますが、
    そうではない相手の場合に、相手のペースに巻き込まれると、
    不愉快な結果になることが多いようです。
    ※関連項目:三段論法

・意図:単に知識自慢
  → 「へぇ〜!」「ふぅ〜ん」「え?そうなの!?」
    好意を持っていない相手の場合には、記憶の端に留めておくか、
    さもなくば忘れ去っても構いません。
    多くの場合は、相手も大した論理的意図を持っていませんし、
    必要であれば何度でも話したがるはずです。
    好意を持っている相手の場合には、
    可能であれば相手の興味を持っていること、
    関心を持っていること、
    知っていることとして覚えておきましょう。
    忘れてしまっていると、
    自分に無関心であるように誤解されるかもしれません。

・意図:関連情報を引き出したい
  → 好意を持った相手には、
    自分自身がWikipediaかGoogleであるかのように振る舞う。
    そうじゃない相手には、
    調べるためのキーワードをお知らせする。

・意図:話の間を持たせる
  → この意図の場合には、相手は特別な意図を持たずに、
    会話の次の一手を思いつくまでの布石として話しています。
    その意味では「話の間を持たせる」は
    限りなく「(とりあえず)関連情報を引き出したい」に近いので、
    それに沿った対応をすることも出来ますし、
    或いは、話を任意の話題に切り替えることも出来ます。
    ガールズトークの、お互いに「そういえば…」を
    連発するのはこの代表的な例です。


例題:

  そういえば、最近PSPで魔界村をやっています。
  随分古いゲームですが、結構面白い。
  基本的には非常に難しいアクションゲームなのですが、
  レトロゲーム独特の要素を持っていて、
  完全に同じ操作を実現できた場合には、
  全く同じ結果を得られるのです。
  つまり、パターンを暗記すれば、
  理屈では誰でもいつかはクリアできるという側面も持っているのです。
  これはカタルシスの実現という意味では非常に安定的な要素を持っています。
  是非、一度やってみてください。

ヒント:

  このトピックのラベルは「ゲーム」です。

2009/09/10

簡単なこと

最近(ってわけでもないけど)「簡単なこと」というのが世間で流行っているようです。

用例:
 ○○の問題を××の実施によって解決するのは「簡単なこと」です

論旨:
 1.自分では出来ないけれど、出来ない他人が××のようにすれば「簡単なこと」だ。
 2.他人には出来ないけど、自分なら××のようにすれば「簡単なこと」だが、今まで出来なかった。

注記:
 ・出来ない他人にとって「簡単なこと」というのは既に「簡単に」出来ている事実に基づくべきじゃないかな。
 ・今まで自分も出来なかったことを「簡単なこと」だと言うのは「如何なものか?」
 ・出来ないこと、出来なかったことを「簡単なこと」だと言うのは「簡単なこと」らしい。
 ・こうやって他人の言葉の揚げ足をとるのも「簡単なこと」

指導:
 ・発言者の知性や失敗を修正するのは「難しいこと」なので、聞く側が「簡単なこと」を「今まで自分自身を含めた誰にも無理でした!」と翻訳するように。

翻訳前:
 過大な財政支出という問題を、適切な予算配分によって解決することは簡単なことです。

 過大な財政支出という問題を、適切な予算配分によって解決することは、今まで自分自身を含めた誰にも無理でした!です。



本当に「簡単なこと」だったのにやってなかったのなら、むしろ発言者が反省するべきだ。
「簡単なこと」という言葉は、是非、既に容易に達成してしている事実について語ってほしいものだ。
未来に対して「簡単なこと」という人間が、容易に達成した事実については往々にして「非常な困難を伴ったがやりとげた」と言うのが…なんだかねぇ。

2009/08/30

Mac Box Set

Mac OS X 10.6 Snow Leopard がリリースされたということで、
今まで使っていたツールの更新もかねて、渋谷の AppleStore で Mac Box Set を買ってきました。
このセットには Snow Leopard と iLife '09 と iWork '09 が入っています。
iLifeとiWork も前のバージョンも重宝していたので、ついでにバージョンアップというわけです。

友人のコミックス版「風の谷のナウシカ」を全巻読みつつ、iMacでインストールをしていたので、
実質どのくらいの時間がかかったのかは覚えていませんが、
Snow Leopard, iLife '09, iWork '09 の順番に入れておきました。

64bit化についてはあまり期待していたわけでないのですが、
気のせいか早くなったような気もしないでもありません。

明らかに早くなったのは Finder と シャットダウンというか、
外部ディスクの unmount 処理ですね。

2009/07/05

現在でも、政治や思想の多様性はある程度保たれてはいるが、
およそ現代的と言われる思想には富にいたいする一定の方向性がある。

それはジェンダーフリーだ。

人間は自身が生まれついて請け負う、
選択不可能な不利益について、
出来る限り回避しうるべきだ、という考え方。
もっともわかりやすいところで言えば、
性のジェンダーフリー。
人間は生まれついての性別によって、
無用の不利益を被るべきではないという考え方。

そして、それよりも古い伝統を持つジェンダーフリーは、
富のジェンダーフリー。

人間は「生まれ」によってその富を得る機会に不利益を被るべきではない。
事実がどうかは別として、
少なくてもその不利益を是正するべく、
血統的階級社会が崩壊して、
やっと現代的な世界の姿がおぼろげにでも見えてきたのが19〜20世紀。

21世紀はどうだろうか?
日本という国家はどうだろうか?

蓄積される富には課税されず、
消費される富に課税される。

いとおかしき。

2009/07/03

負け知らず

世の中にはいろんな人がいる。
殆どはちょうど良くやっていて、
けれど中には極端な人々も。

すぐにあきらめちゃう人も、そして、負けず嫌いの人も。

でも…なんかさぁ、大切なものを失っているのに、
その痛みを直視して生きることが出来ない人間って、
苦痛を周囲に垂れ流しているみたいでヤダ。

苦痛を認めないことによって、
自分が強いと錯覚したいんだろうか?
あいにく、周囲というのは本人よりはずっと的確に、
そういう人間の「イタさ」が判るんだ。

自分がソコにこだわるとき、
自分が如何に小さいかを思い知らなきゃね。

小さな子供が勝利にこだわるのは微笑ましいが、
大の大人がソコに固執するのはね〜。

2009/06/27

THE SIMS 3

先日、Mac版のダウンロードゲームを販売しているサイトのDMを見て、
THE SIMS 3 の Mac版があるらしいので買ってみた。
近年大作ゲームは殆ど手をつけていなかったのは、
時間がないとか、興味がゲームに対する熱情が浅くなったこともそうなんだけど、
自宅で殆どWindowsを起動しないため、
Mac版で出ていて、しかもオンラインで販売しているゲームに限定していたことも理由のひとつかも。

海外のサイトなので軽くPaypalで決済して、ダウンロードを始めたわけですが…
数GBのダウンロードですか…
結局、その場でプレイは出来ず出勤前にダウンロードを仕掛けておいたら、
帰宅したときには終わっていたので、早速やってみました。

ふむふむ、最近の3Dのモデリングは割合良くできていて、
しかも、このゲーム顔の微妙なラインまでカスタマイズ出来る…。
それっぽく自分に似たキャラクタと、彼女に似たキャラクタを作ってプレイ。

思いがけず生活が実生活に似ていて…笑えた。
あと、ゲーム性を無視すれば殆ど自律的にキャラクタが生活していて、
時間がなくても放置しておいて時々のぞき込んで操作するようなスタイルでも破綻せず、
なかなか楽しめている。

実際に操作もしないのに無駄にPCつけっぱなのがとってもエコ(嘘)だけど。
もっとも、その前からつけっぱなしだから特に変化もないが…。

2009/06/06

破壊

 破壊の熱い原動力がたった一人の男から生み出される様子は、地下から噴出するマグマに似て、瞬く間に人々を飲み込んで行ったが、火山がそうであるように、そのエネルギーは急激に冷えて周辺部ではごつごつした岩石ばかりの荒野を生み出した。
 その時代が生み出した荒野は、それ以前の時代が生み出した文明の偉大な遺産をことごとく破壊した。人類の文明の最上の部分はこの時代に一度失われるに至ったのである。人類と他の動物を大きく隔てていたのは、過去の遺産の蓄積であったが、この意味では、人類は他の動物と変わらないレベルに戻ったといえる。
 ただ悪いことだけではなかった。知識と富の蓄積の偏在が生み出していた、閉塞感は消え去り、人々は細々とだが家庭的で幸福な生活を送っていた。見た目で言えば前世紀の都市は荒廃したとはいえ、各所にその痕跡を留めていたが、人口の多くは都市には価値を見いだせず周辺部に散らばった。この結果、集約的な国家は没落し、集落単位の権威が復活を遂げたのである。しかしその集落単位の権威でさえ、過去への復古を願った思想に根ざしたものではなく、単に破壊の上に成り立った新たな秩序として現れたものであった。
 富よりは暴力、集団よりは個人の力に根ざした権威が尊ばれ、その多くは世襲されず、より強力な個人の現出によって塗り替えられるという繰り返しによって、長い歴史的時間の経過とともに、人類はついに没落という言葉にふさわしい時代にまでたどり着いたのだ。

2009/06/02

疑惑

空気は草から立ち上る湿度に支配されている
アスファルトのあちこちに水溜まりの痕跡
光景への疑惑

静かにピアノ曲が流れているが
無関係が無神経に思考を混乱させる
何もかもが無関係という関係で断絶され
光景と光景の狭間には
そこにあるべき温もりがない

一陣の風
思いつきのように雨
誰かの言葉
満月


君の足取りと
君の時間を覆い尽くそうとする眠たげな空気

深夜に水を飲むと
身体と水の間の違和感が
窓の外の月光と解け合って悲しくなる




----
今日は会社帰りに渋谷のアップルストアに立ち寄ったら、
USB の監督さんとかが
トークイベントをしていた。
アップルのイベントなので映像制作の仕方も少しだけ絡めて話していたが、
正直なところ内容にはあまり興味をそそられなかった。
あ、これは内容がつまらなかったということではなく、自分にその方面の興味がないだけね。
でもまぁ、ざっくばらんな雰囲気で悪くなかった。
たまにはこういうのも悪くはない。

部屋に戻ってからは帰りに買ってきたDVD見たり、キーボード弾いたり、いつも通り。
今日はプライベートのソースコード書きはお休み。

2009/05/25

火の鳥

最近、彼女が買い集めている手塚治虫の火の鳥を読んでるんだけど、なかなかいいね。
漫画は面積あたりの情報密度の問題であまり読まない方なんだけど、自分で最初に本気で読んだ漫画も手塚治虫でブラック・ジャックだった。
永遠の生命ね…。

古い自分の詩から引用
ある者は
死を以て
生命の存在を証明しようとしたという
またある者は
老いを以て
永遠の若さなるものの存在を
解き明かすのだという

2009/05/18

another days

原始の日
夕暮れ
薪の燃える音

煙は明確なイメージを持って熱から現れ
ずっと微かな匂いとなって空気に漂う

夕闇に冷たくなる泥濘
岩の窪みに鋭利さを秘めた清水
驚くほど青く深い夕闇の空

煙は明確なイメージを持って熱から現れ
ずっと微かな匂いとなって空気に漂う

何もかもが変わってしまう前に
変わらないものを見つけ出そう

乙女の眼差しが黄金に彩られ
煙が失われつつあるものの気配を
大気のうちにとどめているあいだに


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失われるものの美しさは、生命の何かを象徴している。黄金は失われない何かに対する象徴で、それは生命の光の部分と、そして、虚栄の象徴でもある。失われないものなどないという事実の前には黄金の美しさは空虚だ。
一人の個人には想像し得ないほど長い年月の中では、大地さえも変化し、太陽と星々さえもが遷ろう。
そして、変遷を続けるこの世界は美しいものに満ちている。
だから、変遷を続けるすべてがなんらかの美しさを秘めている。芸術家はあらゆる事象に秘められている美しさを探究する永遠の探検家でなければならない。美しさとは多様で、醜さでさえもが一つの美しさだから、美しさとは寛容な魂に見いだされる。偏執狂がもてあそぶためのおもちゃでもなければ、倫理に縛られた奴隷の小さな偶像でもない。


good night,
minotaur.

2009/05/17

Vladivostok 2000

Artist: Mumiey Trol'
Title: Vladivostok 2000
( Мумий Тролль-Владивосток 2000 )

http://www.youtube.com/watch?v=Cnxcf2LacgA

随分前になるけど、ロシア人の友人から、その頃ロシアで流行ってる曲を教えてもらった。
久しぶりにその曲を聞いていた。1997年のアルバム。

ふと気になって英語版のWikipediaで調べてみたら、バンド名はロシア語で「ムーミン・トロル」とのこと。
ソビエト連邦末期に出てきたバンドで、初期はウラジオストクを活動拠点に活動していたけれど、ソ連邦の取り締まりで何度も逮捕されて監獄送りになったっていう話だ。

で、この機会にオフィシャルサイトやfacebook(上記WikipediaのExternalLinksにある)で最近の曲も聞いてみたんだけど、ロシア語の響きとなかなかパンクな雰囲気が気に入った。




全然関係ないが、俺の同居人が歌うムーミンのアニメ版テーマソング(甘ったるいお色気版)はなかなか良い。
「ねぇ、ムーミン?こっち向いて。恥ずかしがら〜ないで〜。もじもじしな〜い〜で〜」
俺は、ムーミンでもトロルでもないが…。

ま、たまには甘いオチで。

2009/05/16

ジョージ・オーウェル『動物農場』

久しぶりにジョージ・オーウェルの『動物農場』を読んだ。
たぶん、5〜6回目くらい?かな。

『1984』と同じく最初は誇り高いものが、段々変形され欺かれて行く様子は、無力感や屈辱を感じさせる。
ジョージ・オーウェルの欺瞞と敗北を描く手法は、その手法そのものが狡猾で、彼がその筆致で描き暴くべき対象が行う欺瞞と、性質を同じにしている。読者は冷静な第三者として、登場人物を愚か者のように見ている視点から、何か、自分自身が現実的に欺かれた悲しい存在としての視点に徐々に引き摺り込まれ、登場人物たちの最後の思いは、読んでいる自分自身の思いと完全なシンパシーを生み出す。

十二の怒声があがっていたが、その声はみんな同じだった。豚の顔に何が起こったのかは、もう疑いの余地がなかった。屋外の動物たちは豚から人間へ、また、人間から豚へ目を移し、もう一度、豚から人間へ目を移した。しかし、もう、どちらがどちらか、さっぱり見分けがつかなくなっていたのだった。

2009/04/16

Another versions under another skies, welcome to another heaven.

 物事を気に入る方向性というのはそれぞれだと思う。
 自分の場合にはお気に入りの何かというのは「とびきり」のもので、音楽でも同じ曲を100回連続で聴き続けるくらいはあたりまえで、同じ曲の10の異なるバージョンやアレンジを楽しむのも好きだ。オリジナルのアーティストのものは勿論、他の誰かの同じ曲を聴くのも好きだ。
 本でもそう。同じ物語の他言語の版や、翻案も好きだ。

 同じものを突き詰めて味わい理解するのもそうだが、同じものの異なるバージョンを味わうことで、お気に入りのものについての感覚や理解の幅が広がる。


Another versions under another skies, welcome to another heaven.
異なる空の異なるバージョン、異なる天国への誘い


 今夜は8つの異なる 25 or 6 to 4 を楽しんだ。



 さて、三月からライフスタイルが大きく変わった。一人で生活することと、二人で生活することとはやっぱり違う。
 興味深いのは自分のためには出来なくても、誰かのためには出来ることがたくさんあるということ。それと、自分一人では出来ても誰かと一緒には出来ないこともたくさん。そのトレードオフは良い方向にあるのかどうかは良く判らないが、今はとてもその状況を楽しんでいる。
 最初は音楽を聴いたり、曲を作ったりする時間、それに文章を書いたり、本を読んだりする時間が激減するかと思っていたが、激減したのはむしろだらだらしている時間だった。自分の精神を高揚させるために使っている時間やエネルギーは少なくなかったんだな、と思う。季節が変われば、状況も変わるんだろうけど、良い勉強になる。
 どちらにしても、自分の在り方を歪めることなく一緒にいられる相手といられるってのは良いもんだ。それが永遠ではないとしても。

 こう思うことにしよう。
 どちらにしても人生だって永遠じゃないさ。

 だから、異なる空で異なる自分を楽しむことは大切だ。
 ひとつの楽園が永遠じゃないとしても、異なる楽園だって悪くない。

 おやすみ。

2009/04/14

25 or 6 to 4

Chicago 25 or 6 to 4 (1970)
日本語名は「長い夜」
元の意味は「午前4時の25〜6分前」
なんか違う気もするがまぁそれは良しとしよう。
自分にとってはナガイヨルじゃなくて、twenty five or six to four だけど。

Chicagoはホーンを加えたビッグバンドっぽい古き良きロックバンドだが、
この曲でもホーンが全面に出てくる。
イメージにぶれがなく、しかも、ギターリフが懐かしく格好良い。
お気に入りの一曲。多分小学校のときにラジオで聴いて気に入ったんだと思う。

ちなみにこの曲には初出のアレンジの、ピーター・セテラが歌うバージョンと、
Chicago 18 のスローなリズムとホーンが特徴のバージョンがある。
どちらもなかなか良いが、自分はピーター・セテラの声が好きだし、
曲名には最初のバージョンがあっていると思う。
スローバージョンは日本語タイトルがあっていると思うのは私だけかもしれない。



この曲のタイトルの午前4時の25〜6分前というのは自分でも好きな時間。
緊張感というか、ストレスが極まる頃だ。
まだまだ空は暗いが、仄かに不気味に朝が近づきつつあるのが判る。
空気は無意味に静寂につつまれ、静寂自体がひとつの音を感じさせる。
そして、この時間は昨日と今日の限りなく不透明な境目。
形容しがたい感覚だが、毎日、この一瞬で
昨日と今日、今日と明日がつながれていて、
その物騒な喪失と再生に遭遇している感覚。
そして気怠げな睡魔の生々しい声。前頭葉の重苦しさ。
現実と夢との境界線では、非現実的な光が交錯し、手のひらが熱くなる。
その時間に睡魔におそわれるときは、いつもそんな感じだ。

この曲の歌詞は1970年代にはドラッグのことを歌った歌だと言われたらしいけれど、
自分にとってはその時間帯の睡魔にそっくりな歌詞だと思う。

修行

昔々思ったことを思い出して書きます。

ロールプレイングゲームってあるじゃないですか。
主人公を演じて、物語をすすめて行ったりするやつです。
あれをプレイすると私も含めて10人中9人は(或いはもっと高確率で)
経験値を上げて、レベルを上げて、
良い武器を揃え、高度な魔法を習得し、
より困難な目標に向かって行きます。

主人公の苦しみを本当の意味で味わうことはないのはともかくとして、
自分自身の貴重な時間を使っていることは同じなのに、
何故か現実生活で同じペースで同じことが出来る人間は
10人中一人かそれよりも少ないですよね。
利害という意味では、現実の方がなおさらその恩恵も大きいんですが。

多分、ゲームには明確な目標が与えられてあって、
現実の方にはそれが「与えられて」いないということが理由かと思っています。

さて、自分の人生というゲームに目標をもってプレイしていますか?
それはつまるところ、自分の人生の主人はちゃんと自分自身ですか?という問いになると思います。

ちなみに私の人生と言うゲームの目標は…だらだらすることです。
こんな目標でもちゃんとだらだらするためには、
いろんな経験を積んで良い仕事して食い扶持を稼いだり、
主人公がぐれないようにちょっとした恋愛もしたり、
だらだらしすぎて何もかも失わないように管理したり、といろいろと大変なもんです。
ちゃんとだらだらするためには一定程度の勤勉さや真摯さも必要となるわけで、
かといってあまり勤勉で真摯すぎたりするとだらだら出来ないし。
幸運なのは自分にとっての現実というのは良く出来たゲームで、
今のところ非常に優れたゲームバランスを保っています。
つまり!適度にだらだらしてます。

とだらだら書いて見たんですが、
この話を書いた一番の理由は、
ブログのカテゴリ作って以来、ゲームが少ないな、と思ったもんで、
ゲームに触れる話題を書いただけです。

だらだら。

2009/04/12

読書百遍自ずから意通ず

楽しくなかったら、
楽しくなるまで…苦しくてもやり続けること。
突き抜けること。

理解出来ないものは、
理解出来るまで考えること。
すっきりした答えを見つけたら負け。
すべての真実は適切な量の矛盾をはらんでいるはず。

愛読書はぼろぼろになる。
同じ曲を繰り返し聞き続ける。
自分であり続けること。


さて、

読書百遍自ずから意通ず。
三國志、献帝の時代の董遇の言ですね。
他人の解釈に頼ったり、判ったつもりで終わることを戒めた言葉です。

ついでに言の葉をもうひとつなど。

「学然後知不足、教然後知困」礼記。
学びて然る後に足らざるを知り教えて然る後に困しむを知る。
知れば知るほど、知らないことが多いことを知るものだし、
そのまだまだ知らない自分が人に教えれば、
間違ったことを教えてないだろうか?伝え方を間違っていないだろうかと苦しむ。

だから、そんな苦しいことはやめて楽に生きようぜ!

という言葉ではないので。
念のため。

2009/04/06

英雄

英雄不在の時代を生きている。

理想に燃えた英雄たちは、理想が実現しそうだったから戦ったのではなく、理想のために戦った。
いまだに理想は実現していないが、その人たちの生き方にある種の美しさを感じるのは何故だろうか?


「ここにいるのは英雄ではない。ただの一人の男だ。撃ちなさい」
    チェ・ゲバラ


そしてそその「ただの一人の男」は言ったわけだ。


もし私たちが空想家のようだといわれるならば、
救いがたい理想主義者だといわれるならば
できもしないことを考えているといわれるならば
何千回でも答えよう
「その通りだ」と。
    チェ・ゲバラ


もう少しで彼が死んだ歳になるけれど、私は運良く長生きして百年ちょい。
でも、彼は何世紀でも生き続けるんだろうな。
名声とか、歴史に名が残るとか、そういう意味じゃなくて、彼の魂はずっと誰かの魂の中に生きるんだろうな、と。

私は決して彼の闘争の方法を認めないけど、自分の思想や主義主張と異なるこの人に、何故か悪意を持てないのはなんでなんだろうか。
きっと美しい生き方だからだな…。


追伸 映画は見ません。

2009/03/31

政治の話

政治の話はタブーなので、今夜は政治の話を。

政治家にうんざりするって話をよく聞くけど、
俺はどっちかっていうと、政治家にうんざりするって言う人にうんざりする。

求める政治家って何だよ。

ガンダルフとか、イエスその人とか?

非現実的にもほどがあるっつーの。
適当に誰かを受け入れてやれ。
全員に文句を言うのは簡単だけど、全員いなくなったらおまえがやるんかい。

愚痴を言うのは簡単だ。
そして、このブログを書くのはもっと簡単だ。

ばぶぅ。

小旅行

久しぶりに中国のお友達(21歳♀)とチャットしました。
一年くらい前までは、学校のPCからよくSkypeちゃっとしてたんだけど、ここ半年くらいご無沙汰でした。

さてさて、大学生だった彼女も今は現地の某大手銀行で融資係とかしているみたいです。
チャットしながら銀行名とか聞いて、ググって付近の支店をリストアップして、GoogleMapに放り込むと。
おお、こういう町並みに暮らしてたのか〜。感慨ひとしお。
支店の近くの美味しいレストランの情報などもたどりつつ、すぐ近所だという彼女の実家を空から通過。今、この屋根の下でSkypeしてんだな〜。っていうか、改めて地図で見ると日本に近いな〜。北京よりずっと日本に近い。
郊外の田園風景や、海沿いの養殖場を見学して、観光名所をひとめぐり。

ついでに各場所の彼女のコメントなんかも聞きつつ。

こんな小旅行もいいね。

でもそのうちリアルで遊びに来いってさ。
美味しいもん食べて、観光地でのんびり。そんなのも悪くない。

あ、中国語は全く話せませんよ…。気にしない気にしない。

良い時代だ。

混合作文

週末、久しぶりに風邪でダウンしました。
私が風邪でダウンしたときに、同居人が料理を作ってくれたり、いろいろ気遣ってくれて、それでも具合の悪い私に尋ねました。
同居人「しゅうさん、死にそうなの?」
私「うん、死にそうな気分」
同居人「しゅうさん死んだら私どうしよう…火葬と土葬とどっちがいい?」
私「いや、土葬はやべえだろ」
同居人「じゃあ火葬だね」
私「…」

そうなるか?

限りなくノンフィクションに近いフィクションでした。

2009/03/15

リバースエンジニアリング

今、リバースエンジニアリングがブームらしいです。

古いプロジェクトの製品の動作を見て仕様をとりまとめ、
その仕様と接続するように新しいプロジェクトのソースコードを書き。
新しいアプリの動作をテストして、修正して、
それにあわせて仕様書を書き、
それだけだとなんだか違和感があるので要件定義をします。

そんなリバースエンジニアリングはねぇよ!

まぁ、科学の原点は、
既存の科学の分析だとは思うけれど、
重要なのは私は研究者じゃなく開発者だということ。

誕生日

38歳になりました。
一緒に住んでる友達がお料理つくってくれたんですが、
ブリ大根、なかなか美味かったです。
ただ、今、思うんですが、何故ブリ大根?

あ、別に誕生日関係なかったのかな。

あとレアチーズケーキ作ってくれました。
とても美味しかったです。

ちょっと(?)柔らかめで、
それと格闘している彼女の姿が、
小さな女の子みたいに見えて笑えました。

誕生日の「タ」の字も話題には出ませんでしたが、
きっとケーキの方は誕生日の意味だったんだろうなと思っておきます。

ありがとう。

って、なんか素直に彼女に言えない俺と、
誕生日だね!って素直に言えない彼女は、
きっと日本人です。

2009/03/11

nethack

今日は忙しいので、ふとnethackを入れてみようと思い立ちました。
nethackはコンソールベースのロールプレイングゲームです。
画面はすべてASCIIベースの文字で描画されます。
3D慣れした感覚には新鮮な驚きをもたらすはずです。
特にこんな夜には。

さてと、ソースコードをダウンロードして、
適当に展開しました。
さらりとLinux用のmakeファイルがあったので、
それでビルドして…して…
あれ?なんとかの宣言が重複しているとかいないとか、
そんなので止まってしまった。

注意書きを見るとビルドするためのコツが延々と書いてあります。
…今日はやめとけという天の啓示に違いない。

というわけで私の今日のNetHackは、
「大角鹿と戦いて死す」というところです。
あ、NetHackやったことがない人には判らないネタだった。
ごめん。

2009/03/09

why

同じ困難に立ち向かうとしても
希望をもって踏み出せるとしたら
両者の間に横たわるのは
ただ情念の差だけだ

人にはそれぞれ
するべきことがあり
したいことがあり
するしかないことがある

けれど、何故?と言う問いへの
答えだけはない

2009/03/03

ミステリー

ミステリーに満ちている
それが僕の仕事

神秘主義と
儀式と
そして偉大さの狭間

信念を持たない者は
何事にも隠された理由があることを
信じ続けることが出来ない

そして信念を持つものは
未知のものが
常に自分の手によって暴かれると信じている

聖典が常に
網膜の裏に駆け巡っている

2009/02/28

そわそわ

改札を通ったときに、画面が黄色っぽいのは、
きっと残高が千円未満になってるからなんだろうな、
と思っていたら…
ん?定期券の期限が近いのか。
ふむふむ。

って今日じゃん!

そんなことはさておいて、
なんだか忙しい気分です。
仕事も良い感じに忙しめなんですが、
友人の引っ越し気分(?)につきあってなんだかそわそわ。

って、まぁお手伝いするくらいなんですけどね。

2009/02/26

マウス嫌い

さてはて、俺はマウス嫌いです。
マウスを使わずに、キーボードで済む方法があれば、
何でもキーボードで操作します。
新しいアプリを使うときに最初に確認するのはショートカットキー。
ちなみに楽器もキーボード。いや、楽器はどっちにしろマウスでは操作しないけど。

真の意味でお気に入りのOSはCUIのUNIXライクOS。
Macユーザーなんだけど、エディタはVIM。
起動して最初に立ち上げるソフトは…iTunes。
お気に入りの音楽をかけたら、
その後は全画面にターミナルを広げて、
screenコマンドとvim中心に使っている。

判ってるさ…変人なことくらい。
ヘンッ!

2009/02/24

分離

分離レベルを高める理由は、
・部分における最大効率の追求
・情報共有の必要性とコストを一定程度に抑える
・最大効率で進捗する一部分が、他の部分の遅延に阻害されない

往々にして見られる問題は、
・全体の利益を追求しない部分の発生
・情報共有の放棄による同一作業の乱発
・結局、ある部分の遅延によって全体が停滞する

結局はバランスの良い采配が全体の生産性の鍵を握る。

重要:ストレスに支配された個人が全体の崩壊を招く。

戦力の集中と分散。




今日のブログはメモ代わりでした

2009/02/23

クイズ

直角二等辺三角形を三等分してそれぞれが正方形になるときの、それぞれ
の面積は、同じ直角二等辺三角形を三等分して、それぞれが平行四辺形と
なる時の面積と同じか?

生きることはそれによく似ている。

2009/02/22

愚かな善意

愚かであることは罪ではないし、善意も罪ではない。
しかし、この二つが組合わせられると、致命的な「痛ましさ」が生まれる。

例えばプルタブ・プルトップ。頭使えば判るよね。車椅子を寄付するのに何が必要か。
資本主義経済で言えば一義的にはお金。材料があれば車椅子が出来上がるなら、車椅子を製造する際の原価のうちどれだけが金属資源だって言うんだ。それ以上を占めるのは、設備と人件費だ。自分も含めて、現代社会に生活している身であれば、自分の給料くらい知ってる。それに、生活にどれだけの金が必要かも。
プルタブは慈善団体に集められて車椅子の寄付に実際につながる例もあるにはある。ただ、そのプロセスは、アルミリサイクル業者に売却して、そのお金で車椅子を購入し、寄付するという形だ。車椅子の製造会社が自身でアルミのリサイクルを行っている例は皆無だろう。
ところで肝心の車椅子の価格なんだけど、実勢5〜10万円。アルミ買い取りはプルタブだろうが缶ごとだろうがキロ30〜50円。たった2tのプルタブ(百万個以上)で車椅子と交換出来るんだからとても現実的だね。まぁ、一世帯で一日10個プルタブを貯めていけば、たった273年で車椅子を寄付出来るし、そんな世帯が3287世帯もあれば、一ヶ月にひとつの車椅子を寄付出来る。人類というのはピラミッドで壮大な計画をやめたと思っていたら、そうでもないらしい。
※元々は取り外し型のプルタブが多く、散乱するのが問題となっていて、それに対策するという意味が大きかったんだろうけどね。

慈善だけじゃなくてリサイクルに良いって?まぁ、確かにあたりに散らかして投棄するよりずっと良い。でも、資源ゴミのうちのアルミのリサイクル率って悪くないんだよね〜。リサイクルってだけなら。

車椅子を送りたいなら、千円でも送金してあげた方が良いだろうし。
リサイクルしたいならきちんと整理して資源ゴミに。
地球環境を考えるなら、プルタブなり空き缶の元になるものの消費を抑えたら良いし、こんな無駄なブログ読んで電力を浪費しない方が良いし、そもそも何かバイトするとかして、寄付するお金を稼いだ方がいいね。

せっかくの善意なら、そのパワーの一部で、それを役に立てる賢さを身につけるべきだよ。俺も、悪意じゃなくて、建設的な善意での提言をしているんだけどね。

あ、こんな風に書いても、伝えたい人には伝わらないってことを理解してなかった。
これぞまさに愚かな善意だね。

2009/02/21

Because You're Young

曲名: Because You're Young
アルバム: Scary Monsters (and Super Creeps)
アーティスト: David Bowie
初出: 1980年


The Who の Pete Townshend のギターが出だしから絶好調。ちょっと物騒でベタなサウンドに、エフェクトのきいたボーカル。
グラムロックの若者からベルリン三部作を経てちょっと自分の昔を振り返ったような時代を象徴するようなタイトル。思えば同じアルバムにはお気に入りの Teenage Wildlife があったり、 Space Oddity のトム少佐が歌詞に出てくる Ashes to Ashes があったり、懐古的な色が強いですね。
けれど、ベルリン三部作に比べたらずっとポップな感じがするし、Iggy Popとの親交にも関連があるのか、パンクな空気も感じさせる。
ポップさで言ったら、1980年代のDavid Bowieを代表する次のアルバム『Let's Dance』ほどじゃないけれど、その予告編ともとれる。
『Let's Dance』の方はパンクな空気が減ってポップだし、ベルリン三部作は前衛的な印象が強くて、自分が十代の頃には中途半端な感じがしてこのアルバムは好きじゃなかった。この曲も全然好きじゃなかったな。
でも、今きくとこのアルバムもこの曲もバランス感覚が秀逸。

自分で買ったのは多分1980〜83年頃かな、小学校の終わり頃だったように思う。
地元の行きつけの中古レコード屋(その頃はまだCDは主流じゃなかった)で買った。レコードのジャケットは最高に気に入った。今でも実家のどこかに眠っているんじゃないかな。



さてと、

今日は日中は仕事して、彼女と遅い昼食。
それから本屋で何冊か本を買った。

本屋ってのはいいね。
本を買う以上に、いろいろなトピックに触れて、創作意欲を刺激される。文章を書くという意味でも、プログラムを書くという意味でもね。本屋さんにとって残念なことに、俺はあまり本を買わない、創作意欲を刺激され過ぎて、読みたい衝動よりも、書きたい衝動が上回って、結局、相当気に入った何冊かを買うだけ。しかも何時間も本屋で本の背表紙や概略だけを見ている。

俺にとっての本やでの時間は、買い物のための時間じゃなくて、考えるための時間。
ネットで何か見て回るよりも、外気に触れて足を動かす方が自分のリズムにあってるのかもね。

2009/02/20

百人の物語

人の一生というやつの窮屈さを感じることはない?

無数の道の中から、おそらく本当に幸運な巡り合わせで誰かと誰かが出会って、静かで、けれどそんな静かな幸せの中にも、悩み事や心痛があって、そんな物語。
おそらく掛け値なしに価値あることで、殆ど後戻りも、その道から足を踏み外すことさえ出来ないか、出来てもそんな勇気はないか、さもなければ その物語から逸れることなんて、したくない。そんな物語かもしれない。

けれど、考えて見たら、人間の一生なんて、平穏に生きようが、波乱万丈だろうが、いずれいつかは終わる。あり得ないロマンスだって、あり得ないまま終わってしまうんだ。きっと。

夢見る年頃を過ぎたら、夢なんて見なくなるんだろうか?それとも、夢見る能力は失われてしまうんだろうか?

俺は信じてるよ。俺には翼があると。
そして君にも。

百人の物語は無理でも、一人の物語よりは、二人の物語の方が良いし。

どうせなら君とが良いな。


…って書き終えてから思うのは、これじゃあ下手なラブレターみたいだね
ま、いっか

2009/02/15

過ぎたるは及ばざるが如し


世の中にCAPTCHAが出回ってから、変な書き込みが減ってありがたいんですが、何事も過ぎたるは及ばざるが如しってことで。
画像のやつとか、リンクしたページの一番下のやつとか…いや、それは過ぎてねぇよ(笑)

2009/02/14

デビッド少年

懐かしい話ですが、少年よ大志を抱け。

と無駄なフリをしつつも、内容は関係ない。

気がついたら風邪は抜けたらしい。
しかし、奇妙に疲労が残る。

ところで、
いつか世界が終わるとしても必死に生きるのは悪くないと思うんですが、仕上がりとして最悪なまずい料理が出来ることが判っていても、料理人たちは目の前の自分の一品を最高の出来にすることに集中して、仕上がりの陰惨さをさらに増すことに終止符を打ったり出来ないもんなんでしょうか。

ま、俺は料理人じゃないからいいけど。
…料理の話しじゃなければ、無関係とは言えまい。

さらに話しは変わるが、
最低限以上に寝ても疲労の回復ってあまりないね。
たまには悪くないけど。

2009/02/13

迷信



近所のお地蔵さん良く見ると、いや、よく見るな!と。
それはさておき。
「迷信」というのは面白い言葉です。
迷ってるのか信じているのかどっちかにしてほしい。

人を迷わせる信仰のことだとすれば…
興味深い。
人を迷わせる信仰ならば、
迷わせる本人は迷っていないことになる。
つまり本人は信じていることになる。

けれど、本人が信じているのなら、
その信仰で他人を迷わそうと思うことはない。

本人が迷っているのなら、
それが他人を迷わせるかどうかについて確信はないはずだ。

結果は判ってるんだけどね。
そうだよね。
信じてもないし、迷ってもないんだ。

さてさて、迷いに至る信仰のことを迷信と呼ぶとしたら、
信じることが迷いに通じるとしたら、
それは性質の悪い女みたいだね。
あ、平等のために。
性質の悪い男みたいだね。

とりあえず、考える頭がなければ迷わずに済みそうだ。
合掌。

2009/02/12

トレーニング

知っている人からは意外に思われるんですが、
私はトレーニングマニアです。

一応、自分的なトレーニングの法則があります。
これは何のトレーニングについても同じなんですが、
まずはどんな簡単なものでも良いので100回やっても一度も間違えずに出来るようになることです。
そして、つまづいたらそこから再スタートする。です。

例えば…
音楽で言えば120のテンポで音階を下から上に、上から下に。
早くも遅くもならず、音もぶれない。
これが自分のホームポジション。

そして、任意の音をパーフェクトに、
意識することなく奏でることが出来て初めて、
より高度な音色やリズムに意識を集中出来るんじゃないかな、と。
そんな感じです。

プログラミングや文章を書くこともそうです。
基本的な部分でブレやストレスを持っていると、
高度なことには集中出来ないんです。

そして、どんなことでも基本的なことは、
それ自体が難しいということはない。
ただ、意識せずに出来るまでトレーニングすることが重要。

そうそう。
最近読んだ人間の脳の仕組み的に関する本でも、
同じようなことが書いてありましたよ。

2009/02/11

another sky

鎖もなく 後悔もない
海の底から至るもの
それは音楽
それが君と僕を結びつけるもの
人々は闇にとらわれている
君は限りなく自由
僕らは正気を保ち続けている
奇妙な悪夢が君をとらえなければ
僕は自由を感じる
蜘蛛の糸が絡み合っていて
空が酷く低いこの街で
君の声は金属のように冷たいから

誰かが何かを尋ねる
君は何もこたえない
そんなすべてなんて気にかけちゃいけない
ほら 空はとても低くて
君の声は金属のように冷たい

僕はゆらゆらしながら
笑って君に手を振っている
痛ましさは炎
花瓶の花は生命を失いかけて輝いている
失われたものすべてと
失われるものすべて
力強い抱擁
低い空 君の笑顔
音色は君のもの
楽園は別の空にある






何を意味しているかって…
さぁ。
生きることに意味なんて必要かい?
誰もが目の前の光景に
好きなことを思い、
好きな風に感じる。
それはとても大切な自由だと思うし、
そしてそれはとても簡単なこと。

けれど、時には声にしたり、
言葉にしたり、
音楽にしたり、
それぞれのやり方で表現しないと、
自分だけの閉じられた儚い記憶空間の中だけの出来事にしてしまったら、
そのうち、なかったことにされてしまう。
他の誰かにじゃなくて、
自分自身にさ。

意味なんて必要ないけど。

2009/02/10

darkness like .... tonight

男なんて単純なもんだ。
たった一人の女の気分が良いだけで、
世界は光り輝いて見えるし、
たった一人の女が沈んでいるだけで、
物悲しい思いに沈み込んでしまう。



何も残されていない
松ぼっくりの上で口ずさんでいた君
西を見てごらん
太陽が翳ろうとしている
光景は常に変化している
けれど昨日と同じようにも見える
君は歌い
僕は歌った
翼は折れ曲がり
泥濘にまみれて
指先が生み出す音色は
暗闇の中にリズムを失い
永遠に回り続ける声
それは失望だった
そして失望を感じること自体には
希望の存在が見え隠れするのだと
そう信じている

2009/02/08

The Doors on this side will open.

毎日通勤で電車に乗っているんですが、
ふと、ドアの上のLCDを見上げたら、

doors on this side will open.

あぁ…こちらの扉が開きます、ね。
俺の目にはこう見えた。

The Doors on this side will open.

こっちのドアーズが開け放たれます

脳内にはとっくに Light My Fire

キーボードの練習でもしとこ。
最近10日くらい弾いてなかったからなまってるぞ、きっと。

2009/02/07

忘れ物

彼女が携帯をなくした。
Skypeで連絡が来た。

最後の記憶は電車の中でメールという話だった。
彼女が乗った電車は三線、二社。
最初の電車が最後の記憶。
最後の一社二線は、直接駅に問い合わせたが、届け出は出ていない。
コールバックする電話がないので、私の電話に連絡が来るはずだという。

本人は電話自体がないので、
私が残る一社一線に電話問い合わせ。
届け出はない。
が、接続の路線の会社に問い合わせてみたら?とオペレータの女の子は言う。
しょうがないので、接続の路線の会社に問い合わせ。
こちらにもない。
が、さらにその先に接続の路線の会社に問い合わせてみたら?とオペレータの男性。
しょうがないので、さらにその先の接続の路線の会社に問い合わせ。
ここにも届け出はない。

本人とあわせて既に五社六線。
なんとなくプログラムのデバッグか、或いはネットサーフィンのような気分になってくる。

そして、彼女のバイト出勤の時間が近づき。
連絡が来たら、バイト先に連絡することにして。

待てよ?
プログラムのバグで一番ありがちなのは?

とか思っていたら、彼女から申し訳なさそう電話。
「テレビの上にあった…」

そうだった。
プログラムのバグの最有力候補は typo(誤字)。
勿論、忘れ物の最有力候補だってそうさ…。

2009/02/06

with or without you

誰かがそばにいるだけで
光景は何もかも違って見える
雲も空の色も
雨のひとしずくさえ

with or without you

だからそれが大問題さ

猫を飼うときに覚悟しなければいけないこと:
・自分の都合には合わせてくれない
・相手の都合には合わせなきゃいけない
・リラックス出来る
・けれど眠くなる

でも、人生は楽しくなるかもしれない
猫がニャーニャー鳴く日には

2009/02/05

MIRROR BLIND

冬空を眺めながら、
ちょっと非現実的な映像を思い浮かべて、
ぶらぶらと駅へと歩いているときのことです。

銀色の空から冷たい冬の雨が降り始めて、
誰かが私の脇を素早く走り抜けて行くその瞬間、
路傍に止めてあった自動車のひん曲がったバックミラーに、
その誰かの顔が映り、
その小さな空間で私とその人とは目が合いました。
それだけです。

けれど、不思議さが私の心をとらえて離さなかったのです。
二人が見た鏡は、まぎれもない同じものだったのに、
なんと、二人が鏡に見たものは、
それぞれ異なる映像だったんだ!

絶対的な同一物なんて、
所詮、見る人間と対象との相対関係の上にしか知覚出来ないじゃないか。
とか。