2009/02/28

そわそわ

改札を通ったときに、画面が黄色っぽいのは、
きっと残高が千円未満になってるからなんだろうな、
と思っていたら…
ん?定期券の期限が近いのか。
ふむふむ。

って今日じゃん!

そんなことはさておいて、
なんだか忙しい気分です。
仕事も良い感じに忙しめなんですが、
友人の引っ越し気分(?)につきあってなんだかそわそわ。

って、まぁお手伝いするくらいなんですけどね。

2009/02/26

マウス嫌い

さてはて、俺はマウス嫌いです。
マウスを使わずに、キーボードで済む方法があれば、
何でもキーボードで操作します。
新しいアプリを使うときに最初に確認するのはショートカットキー。
ちなみに楽器もキーボード。いや、楽器はどっちにしろマウスでは操作しないけど。

真の意味でお気に入りのOSはCUIのUNIXライクOS。
Macユーザーなんだけど、エディタはVIM。
起動して最初に立ち上げるソフトは…iTunes。
お気に入りの音楽をかけたら、
その後は全画面にターミナルを広げて、
screenコマンドとvim中心に使っている。

判ってるさ…変人なことくらい。
ヘンッ!

2009/02/24

分離

分離レベルを高める理由は、
・部分における最大効率の追求
・情報共有の必要性とコストを一定程度に抑える
・最大効率で進捗する一部分が、他の部分の遅延に阻害されない

往々にして見られる問題は、
・全体の利益を追求しない部分の発生
・情報共有の放棄による同一作業の乱発
・結局、ある部分の遅延によって全体が停滞する

結局はバランスの良い采配が全体の生産性の鍵を握る。

重要:ストレスに支配された個人が全体の崩壊を招く。

戦力の集中と分散。




今日のブログはメモ代わりでした

2009/02/23

クイズ

直角二等辺三角形を三等分してそれぞれが正方形になるときの、それぞれ
の面積は、同じ直角二等辺三角形を三等分して、それぞれが平行四辺形と
なる時の面積と同じか?

生きることはそれによく似ている。

2009/02/22

愚かな善意

愚かであることは罪ではないし、善意も罪ではない。
しかし、この二つが組合わせられると、致命的な「痛ましさ」が生まれる。

例えばプルタブ・プルトップ。頭使えば判るよね。車椅子を寄付するのに何が必要か。
資本主義経済で言えば一義的にはお金。材料があれば車椅子が出来上がるなら、車椅子を製造する際の原価のうちどれだけが金属資源だって言うんだ。それ以上を占めるのは、設備と人件費だ。自分も含めて、現代社会に生活している身であれば、自分の給料くらい知ってる。それに、生活にどれだけの金が必要かも。
プルタブは慈善団体に集められて車椅子の寄付に実際につながる例もあるにはある。ただ、そのプロセスは、アルミリサイクル業者に売却して、そのお金で車椅子を購入し、寄付するという形だ。車椅子の製造会社が自身でアルミのリサイクルを行っている例は皆無だろう。
ところで肝心の車椅子の価格なんだけど、実勢5〜10万円。アルミ買い取りはプルタブだろうが缶ごとだろうがキロ30〜50円。たった2tのプルタブ(百万個以上)で車椅子と交換出来るんだからとても現実的だね。まぁ、一世帯で一日10個プルタブを貯めていけば、たった273年で車椅子を寄付出来るし、そんな世帯が3287世帯もあれば、一ヶ月にひとつの車椅子を寄付出来る。人類というのはピラミッドで壮大な計画をやめたと思っていたら、そうでもないらしい。
※元々は取り外し型のプルタブが多く、散乱するのが問題となっていて、それに対策するという意味が大きかったんだろうけどね。

慈善だけじゃなくてリサイクルに良いって?まぁ、確かにあたりに散らかして投棄するよりずっと良い。でも、資源ゴミのうちのアルミのリサイクル率って悪くないんだよね〜。リサイクルってだけなら。

車椅子を送りたいなら、千円でも送金してあげた方が良いだろうし。
リサイクルしたいならきちんと整理して資源ゴミに。
地球環境を考えるなら、プルタブなり空き缶の元になるものの消費を抑えたら良いし、こんな無駄なブログ読んで電力を浪費しない方が良いし、そもそも何かバイトするとかして、寄付するお金を稼いだ方がいいね。

せっかくの善意なら、そのパワーの一部で、それを役に立てる賢さを身につけるべきだよ。俺も、悪意じゃなくて、建設的な善意での提言をしているんだけどね。

あ、こんな風に書いても、伝えたい人には伝わらないってことを理解してなかった。
これぞまさに愚かな善意だね。

2009/02/21

Because You're Young

曲名: Because You're Young
アルバム: Scary Monsters (and Super Creeps)
アーティスト: David Bowie
初出: 1980年


The Who の Pete Townshend のギターが出だしから絶好調。ちょっと物騒でベタなサウンドに、エフェクトのきいたボーカル。
グラムロックの若者からベルリン三部作を経てちょっと自分の昔を振り返ったような時代を象徴するようなタイトル。思えば同じアルバムにはお気に入りの Teenage Wildlife があったり、 Space Oddity のトム少佐が歌詞に出てくる Ashes to Ashes があったり、懐古的な色が強いですね。
けれど、ベルリン三部作に比べたらずっとポップな感じがするし、Iggy Popとの親交にも関連があるのか、パンクな空気も感じさせる。
ポップさで言ったら、1980年代のDavid Bowieを代表する次のアルバム『Let's Dance』ほどじゃないけれど、その予告編ともとれる。
『Let's Dance』の方はパンクな空気が減ってポップだし、ベルリン三部作は前衛的な印象が強くて、自分が十代の頃には中途半端な感じがしてこのアルバムは好きじゃなかった。この曲も全然好きじゃなかったな。
でも、今きくとこのアルバムもこの曲もバランス感覚が秀逸。

自分で買ったのは多分1980〜83年頃かな、小学校の終わり頃だったように思う。
地元の行きつけの中古レコード屋(その頃はまだCDは主流じゃなかった)で買った。レコードのジャケットは最高に気に入った。今でも実家のどこかに眠っているんじゃないかな。



さてと、

今日は日中は仕事して、彼女と遅い昼食。
それから本屋で何冊か本を買った。

本屋ってのはいいね。
本を買う以上に、いろいろなトピックに触れて、創作意欲を刺激される。文章を書くという意味でも、プログラムを書くという意味でもね。本屋さんにとって残念なことに、俺はあまり本を買わない、創作意欲を刺激され過ぎて、読みたい衝動よりも、書きたい衝動が上回って、結局、相当気に入った何冊かを買うだけ。しかも何時間も本屋で本の背表紙や概略だけを見ている。

俺にとっての本やでの時間は、買い物のための時間じゃなくて、考えるための時間。
ネットで何か見て回るよりも、外気に触れて足を動かす方が自分のリズムにあってるのかもね。

2009/02/20

百人の物語

人の一生というやつの窮屈さを感じることはない?

無数の道の中から、おそらく本当に幸運な巡り合わせで誰かと誰かが出会って、静かで、けれどそんな静かな幸せの中にも、悩み事や心痛があって、そんな物語。
おそらく掛け値なしに価値あることで、殆ど後戻りも、その道から足を踏み外すことさえ出来ないか、出来てもそんな勇気はないか、さもなければ その物語から逸れることなんて、したくない。そんな物語かもしれない。

けれど、考えて見たら、人間の一生なんて、平穏に生きようが、波乱万丈だろうが、いずれいつかは終わる。あり得ないロマンスだって、あり得ないまま終わってしまうんだ。きっと。

夢見る年頃を過ぎたら、夢なんて見なくなるんだろうか?それとも、夢見る能力は失われてしまうんだろうか?

俺は信じてるよ。俺には翼があると。
そして君にも。

百人の物語は無理でも、一人の物語よりは、二人の物語の方が良いし。

どうせなら君とが良いな。


…って書き終えてから思うのは、これじゃあ下手なラブレターみたいだね
ま、いっか

2009/02/15

過ぎたるは及ばざるが如し


世の中にCAPTCHAが出回ってから、変な書き込みが減ってありがたいんですが、何事も過ぎたるは及ばざるが如しってことで。
画像のやつとか、リンクしたページの一番下のやつとか…いや、それは過ぎてねぇよ(笑)

2009/02/14

デビッド少年

懐かしい話ですが、少年よ大志を抱け。

と無駄なフリをしつつも、内容は関係ない。

気がついたら風邪は抜けたらしい。
しかし、奇妙に疲労が残る。

ところで、
いつか世界が終わるとしても必死に生きるのは悪くないと思うんですが、仕上がりとして最悪なまずい料理が出来ることが判っていても、料理人たちは目の前の自分の一品を最高の出来にすることに集中して、仕上がりの陰惨さをさらに増すことに終止符を打ったり出来ないもんなんでしょうか。

ま、俺は料理人じゃないからいいけど。
…料理の話しじゃなければ、無関係とは言えまい。

さらに話しは変わるが、
最低限以上に寝ても疲労の回復ってあまりないね。
たまには悪くないけど。

2009/02/13

迷信



近所のお地蔵さん良く見ると、いや、よく見るな!と。
それはさておき。
「迷信」というのは面白い言葉です。
迷ってるのか信じているのかどっちかにしてほしい。

人を迷わせる信仰のことだとすれば…
興味深い。
人を迷わせる信仰ならば、
迷わせる本人は迷っていないことになる。
つまり本人は信じていることになる。

けれど、本人が信じているのなら、
その信仰で他人を迷わそうと思うことはない。

本人が迷っているのなら、
それが他人を迷わせるかどうかについて確信はないはずだ。

結果は判ってるんだけどね。
そうだよね。
信じてもないし、迷ってもないんだ。

さてさて、迷いに至る信仰のことを迷信と呼ぶとしたら、
信じることが迷いに通じるとしたら、
それは性質の悪い女みたいだね。
あ、平等のために。
性質の悪い男みたいだね。

とりあえず、考える頭がなければ迷わずに済みそうだ。
合掌。

2009/02/12

トレーニング

知っている人からは意外に思われるんですが、
私はトレーニングマニアです。

一応、自分的なトレーニングの法則があります。
これは何のトレーニングについても同じなんですが、
まずはどんな簡単なものでも良いので100回やっても一度も間違えずに出来るようになることです。
そして、つまづいたらそこから再スタートする。です。

例えば…
音楽で言えば120のテンポで音階を下から上に、上から下に。
早くも遅くもならず、音もぶれない。
これが自分のホームポジション。

そして、任意の音をパーフェクトに、
意識することなく奏でることが出来て初めて、
より高度な音色やリズムに意識を集中出来るんじゃないかな、と。
そんな感じです。

プログラミングや文章を書くこともそうです。
基本的な部分でブレやストレスを持っていると、
高度なことには集中出来ないんです。

そして、どんなことでも基本的なことは、
それ自体が難しいということはない。
ただ、意識せずに出来るまでトレーニングすることが重要。

そうそう。
最近読んだ人間の脳の仕組み的に関する本でも、
同じようなことが書いてありましたよ。

2009/02/11

another sky

鎖もなく 後悔もない
海の底から至るもの
それは音楽
それが君と僕を結びつけるもの
人々は闇にとらわれている
君は限りなく自由
僕らは正気を保ち続けている
奇妙な悪夢が君をとらえなければ
僕は自由を感じる
蜘蛛の糸が絡み合っていて
空が酷く低いこの街で
君の声は金属のように冷たいから

誰かが何かを尋ねる
君は何もこたえない
そんなすべてなんて気にかけちゃいけない
ほら 空はとても低くて
君の声は金属のように冷たい

僕はゆらゆらしながら
笑って君に手を振っている
痛ましさは炎
花瓶の花は生命を失いかけて輝いている
失われたものすべてと
失われるものすべて
力強い抱擁
低い空 君の笑顔
音色は君のもの
楽園は別の空にある






何を意味しているかって…
さぁ。
生きることに意味なんて必要かい?
誰もが目の前の光景に
好きなことを思い、
好きな風に感じる。
それはとても大切な自由だと思うし、
そしてそれはとても簡単なこと。

けれど、時には声にしたり、
言葉にしたり、
音楽にしたり、
それぞれのやり方で表現しないと、
自分だけの閉じられた儚い記憶空間の中だけの出来事にしてしまったら、
そのうち、なかったことにされてしまう。
他の誰かにじゃなくて、
自分自身にさ。

意味なんて必要ないけど。

2009/02/10

darkness like .... tonight

男なんて単純なもんだ。
たった一人の女の気分が良いだけで、
世界は光り輝いて見えるし、
たった一人の女が沈んでいるだけで、
物悲しい思いに沈み込んでしまう。



何も残されていない
松ぼっくりの上で口ずさんでいた君
西を見てごらん
太陽が翳ろうとしている
光景は常に変化している
けれど昨日と同じようにも見える
君は歌い
僕は歌った
翼は折れ曲がり
泥濘にまみれて
指先が生み出す音色は
暗闇の中にリズムを失い
永遠に回り続ける声
それは失望だった
そして失望を感じること自体には
希望の存在が見え隠れするのだと
そう信じている

2009/02/08

The Doors on this side will open.

毎日通勤で電車に乗っているんですが、
ふと、ドアの上のLCDを見上げたら、

doors on this side will open.

あぁ…こちらの扉が開きます、ね。
俺の目にはこう見えた。

The Doors on this side will open.

こっちのドアーズが開け放たれます

脳内にはとっくに Light My Fire

キーボードの練習でもしとこ。
最近10日くらい弾いてなかったからなまってるぞ、きっと。

2009/02/07

忘れ物

彼女が携帯をなくした。
Skypeで連絡が来た。

最後の記憶は電車の中でメールという話だった。
彼女が乗った電車は三線、二社。
最初の電車が最後の記憶。
最後の一社二線は、直接駅に問い合わせたが、届け出は出ていない。
コールバックする電話がないので、私の電話に連絡が来るはずだという。

本人は電話自体がないので、
私が残る一社一線に電話問い合わせ。
届け出はない。
が、接続の路線の会社に問い合わせてみたら?とオペレータの女の子は言う。
しょうがないので、接続の路線の会社に問い合わせ。
こちらにもない。
が、さらにその先に接続の路線の会社に問い合わせてみたら?とオペレータの男性。
しょうがないので、さらにその先の接続の路線の会社に問い合わせ。
ここにも届け出はない。

本人とあわせて既に五社六線。
なんとなくプログラムのデバッグか、或いはネットサーフィンのような気分になってくる。

そして、彼女のバイト出勤の時間が近づき。
連絡が来たら、バイト先に連絡することにして。

待てよ?
プログラムのバグで一番ありがちなのは?

とか思っていたら、彼女から申し訳なさそう電話。
「テレビの上にあった…」

そうだった。
プログラムのバグの最有力候補は typo(誤字)。
勿論、忘れ物の最有力候補だってそうさ…。

2009/02/06

with or without you

誰かがそばにいるだけで
光景は何もかも違って見える
雲も空の色も
雨のひとしずくさえ

with or without you

だからそれが大問題さ

猫を飼うときに覚悟しなければいけないこと:
・自分の都合には合わせてくれない
・相手の都合には合わせなきゃいけない
・リラックス出来る
・けれど眠くなる

でも、人生は楽しくなるかもしれない
猫がニャーニャー鳴く日には

2009/02/05

MIRROR BLIND

冬空を眺めながら、
ちょっと非現実的な映像を思い浮かべて、
ぶらぶらと駅へと歩いているときのことです。

銀色の空から冷たい冬の雨が降り始めて、
誰かが私の脇を素早く走り抜けて行くその瞬間、
路傍に止めてあった自動車のひん曲がったバックミラーに、
その誰かの顔が映り、
その小さな空間で私とその人とは目が合いました。
それだけです。

けれど、不思議さが私の心をとらえて離さなかったのです。
二人が見た鏡は、まぎれもない同じものだったのに、
なんと、二人が鏡に見たものは、
それぞれ異なる映像だったんだ!

絶対的な同一物なんて、
所詮、見る人間と対象との相対関係の上にしか知覚出来ないじゃないか。
とか。