2009/05/16

ジョージ・オーウェル『動物農場』

久しぶりにジョージ・オーウェルの『動物農場』を読んだ。
たぶん、5〜6回目くらい?かな。

『1984』と同じく最初は誇り高いものが、段々変形され欺かれて行く様子は、無力感や屈辱を感じさせる。
ジョージ・オーウェルの欺瞞と敗北を描く手法は、その手法そのものが狡猾で、彼がその筆致で描き暴くべき対象が行う欺瞞と、性質を同じにしている。読者は冷静な第三者として、登場人物を愚か者のように見ている視点から、何か、自分自身が現実的に欺かれた悲しい存在としての視点に徐々に引き摺り込まれ、登場人物たちの最後の思いは、読んでいる自分自身の思いと完全なシンパシーを生み出す。

十二の怒声があがっていたが、その声はみんな同じだった。豚の顔に何が起こったのかは、もう疑いの余地がなかった。屋外の動物たちは豚から人間へ、また、人間から豚へ目を移し、もう一度、豚から人間へ目を移した。しかし、もう、どちらがどちらか、さっぱり見分けがつかなくなっていたのだった。

0 件のコメント: