2012/08/25

創造と破壊

何かを作り終えたときに本質的な満足感を感じたことがない。
勿論、達成感はある。あと、主に肉体的苦行からの解放はあり、人生にはときには休息も必要。しかし、本質的な満足感ではない。

完成したときに目につくのはその不完全さだ。
後悔ではないが、完成したときには自分自身がつまらない批評家とおなじ視点に貶められる。つまり、作り手から、単に出来たものを云々する視点だ。

人間は完全ではないから、最初から最善の方法が判っているわけではないし、また、判っている場合でも最善ではない方法を選択せざるを得ない場合もある。批評家が何と言おうと、あるものはそう作られるべくしてそう作られるのだ。
そのことに対する諦めがなければものを作る仕事など出来ない。
勿論、作ることばかりが仕事ではないし、批評家という仕事もあるだろう。
けれど、批評家は知るべきだ。その仕事は再発見であって、発見ではない。批評家の批評のうち、新たな発見というのに値するものは稀だ。既に出来た何かの批評を通して新たな発見を研究的成果に昇華出来る人間は数少ない。勿論、それは研究者という他の仕事だという意見もあるに違いないが。

作ることには破壊的な側面がある。
良く言えばそれは向上心かもしれない。
たった一つの何かを、作り、完成させ、壊し、作り直すことを何度繰り返せば一定の満足は生まれるのだろうか。
そう考えるとやはり人生は満足するには短すぎ、落ち込んで苦痛を感じているには長すぎる。






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